京アニの件について

どうしてもどこかに書き出しておきたかったので、インドの旅行の投稿も放り投げたけど、ひさびさに書きます。

   

結論から言うと、とても悲しいし、ハラワタが煮えくり返るほど怒っています。 こんな喪失感は東日本大震災か、中学の頃の失恋以来です。

   

ぼくは京アニを心から愛しています。ついこないだだって、ユーフォの映画を見て「なんでこんなエモい表現ができるんだろう」なんて、おもってました。 京アニのアニメからはいつも情熱を感じられました。作画だったり、演出だったり、話の内容だったり。

   

いつだって京アニは、ぼくのなかでも、おそらく社会においても流行の発信源でした。京アニの存在なんて知らなかった頃から、ぼくはクレヨンしんちゃんのオトナ帝国だったりで感動させられてきました。 また、ぼくが小学生のころには京アニハルヒらきすたで次世代のアニメ文化を作りました。中学生のときはけいおん、高校のときはたまこまーけっと中二病でも恋はしたいなど、大学のときはユーフォ、ヴァイオレットエヴァーガーデン聲の形、、数え切れないほどの「良い」作品を生み出してくれました。毎回たのしみにして、ともだちと話して盛り上がったり、曲をたくさん聴いたりしました。      

作品に対する愛も大いにありますが、それよりなにより、ぼくは京アニを中心とした情熱を持ったクリエイターを尊敬しています。彼らのように人を感動させる表現に憧れたし、ヴァイオレットエヴァーガーデンのような繊細な絵を描けるようにはどうしたらいいのか、いつも考えていました。ハルヒも、けいおんも、ユーフォも、たくさん模写したりして描いたことを今でもよく覚えています。つい3ヶ月前にも京アニに行って、置いてあるノートブックに久美子をがんばって描いて来たのに…。

   

クリエイターはとても大切な存在です。職人です。別の誰かにとって変えづらい存在です。

   

技術力が上がって、表現の幅が広がったり、絵や3Dを時短で作成することもできる時代にはなってきています。しかしながら、素晴らしい表現するためには、その人なりの背景が必要です。 その背景を得るためには、膨大な経験や、学習が必要です。ディープラーニングだったり、そこらの学習程度では、現状ではあの表現はできないでしょう。

   

だからこそ、彼らはぼくたちの宝なのです。そして、だからこそぼくは許せない。僕が愛した作品を作ってくれた方々を傷つける行為を許すわけにはいかない。いまは犯人の顔や情報も、ニュースも見たくない。見たら吐きそうになる。

   

ただ、いくら怒っていても仕方なくて、もちろん、今後の対策は重要です。 今後の対応策としては、各々の会社のセキュリティを厳しくすること、または怪しい人間を取り締まる機会もさらに増えるでしょう。もう、こんなことは絶対に起きて欲しくないです。

   

また、京アニが終わったわけではないことも事実です。また立て直して、すばらしくて、感動できる作品を作ってくれることを心から願っていますし、応援しています。なんか、もう文章めちゃくちゃだな。。

   

最後に、亡くなられた方々には、心からご冥福お祈りします。心から涙が出るような素晴らしい作品を作ってくれて、ありがとう。